日本の医療政策

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2.1 日本の統治構造の概要

日本の統治構造は1947年に施行された「日本国憲法」の下、議院内閣制を採用している。立法権と行政権を厳格に分立する大統領制とは異なり、議院内閣制は行政権が立法権と融合することで安定した政治的イニシアチブをもたらす制度設計である。しかし、現実の日本政治は議院内閣制が本来想定するリーダーシップとは異なる性質を帯びてきたと言われている。首相がトップダウンで大胆な政策変更を実現するというよりも、社会の細部まで行き渡った行政ネットワークから常に情報を汲み上げることで、ボトムアップの政策調整を積み重ねる政治スタイルが基調であった。

1990年代以降の政治改革を経て、立法と行政が融合して政治運営を行う本来の議院内閣制を実現するための制度が整えられた。その結果、改革によって実現した政治制度や環境を巧みに利用して、リーダーシップを発揮する首相も生まれた。司法権は一般的には立法権と行政権に不干渉であり比較的大きな裁量を与えている傾向にあるが、逆に稀に下される裁判所の判決は立法・行政によって尊重されている。以下では、日本の統治構造について詳しく言及する。

日本型政策立案プロセス[1]

議院内閣制の特徴は、行政権を担う内閣が議会の信任によって成立していることである。日本の内閣総理大臣は、国民が選んだ国会議員によって選出され、行政権を行使するために大臣を選任することで、議会と内閣が連鎖的関係となるような仕組みとなっている。したがって政府の政策は基本的に国会を通過することが予想され、国会議員と大統領を別個の選挙で選出する大統領制よりも、首相に権限を集中する設計となっている。

しかし、現実には内閣が与えられた権限を用いてトップダウンで政策を実現することは多くなかった。一つの理由は、本来政策実現のために大臣が使いこなすべき官僚制が、逆に大臣をコントロールするほど政策立案能力に長けていたことにある。もう一つの理由は、多様な政治的利害を抱えた自由民主党(自民党)が長く国会過半数を占める中で、党内部での政策立案・決定を充実させたことにある。自民党は各政策について党内部の審査を経て党全体の合意を成立させ、国会審議においてその政策を支持する体制を整えることで、実質的な政策審議プロセスを独占することができた。このことは、逆に、本来政府と一体になるべき政権党が与党と名乗って、内閣・政府に対する一定の拒否権を有するシステムを形成した。

上記の状況下での政策立案は概ね次のように行われていた。まず、新たな政策が求められると担当の省庁内の部局において情報収集や意見収集が行われる。業界代表者や研究者などの専門家による審議会、関係する他省庁、関係の政治家等との様々な調整を経て原案が作成されると、関係省庁の担当官僚が与党に出向き、与党議員に向けて説明や議論を行う。与党議員も自身が専門とする領域の政策分野の知識を蓄積して議論に参加する。この審議を通過し、与党内での最終総意として決定された法案は、今度は内閣において閣議で決定された後、国会に提出される。日本では、与党の事前審査を経た段階で、与党議員に対して一律に投票内容が規定される(いわゆる党議拘束)ため、国会においては政府提出法案の実質的な修正は行われないのが一般的である。

このように、官僚制と与党議員が調査・ヒアリングや陳情を通じて社会の末端から情報を吸い上げ、中央で調整を重ねながら政策立案を行うのが戦後日本の政策プロセスの基調であった。この政治方式は、大胆な政策変更や政策領域をまたいだ方針決定などには難があるが、個別政策領域におけるきめ細かな政策対応という点では長けていたとされる。特に経済成長によって政府の利用できる資源に余裕がある状況下では、政府と民間が密に協力することで、業界を保護・育成・管理する政策を実現できた。

ウェストミンスター型改革[2]

1980年代以降、経済成長が停滞する中で政治汚職事件が明るみになったことを機に、政治改革の必要性が認識されるようになった。1990年代から2000年代前半にかけて、衆議院議員選挙において小選挙区制を導入する選挙制度改革や内閣機能強化・省庁再編などが次々に実施された。その結果、総選挙において有権者が政党・政権を選択し、首相が指導力を発揮して内閣運営を行う本来の議院内閣制を志向した制度設計が行われた。

こうした政治改革は、政策立案のプロセスにも変化をもたらした。重要な政策課題に関しては、内閣総理大臣の諮問機関である「経済財政諮問会議」(2001年設置)において議論され、官僚による事前調整に基づかないアジェンダセッティングを可能としたほか、首相のもとで改革課題を発議・調整する仕組みが整えられた。政府の重要政策は各省庁の所管から、内閣官房などの政府中枢部門へ移管されることもある。

ただし内閣に集中した権限を上手く使いこなすことができるかは、政治状況や首相の施政方針に依る部分も大きい。たしかに改革の結果として内閣機能は強化され、条件次第では首相・内閣によるトップダウン型の政策立案が可能となったが、あくまでも日本型政策立案プロセスは引き続き健在である。

司法の役割

日本における司法権は日常的に医療政策に影響を与えているわけでは無い。通常は立法権と行政権の判断を尊重して、基本的に比較的大きな裁量を与えている傾向にある。代わりに、稀に下される裁判所による判決は、立法・行政の活動に対して強い拘束力を持つと考えられている。

以下では、司法が医療政策に影響を及ぼした主な事案について概観する[3]

表2-1-1 司法が医療政策に影響を及ぼした主な事案
事案の概要 裁判所の判断や立法・行政の対応
サリドマイド訴訟
(1960年頃〜)
サリドマイド剤(鎮静催眠剤等)を妊娠初期に服用した母親からサリドマイド胎芽症という重い障害を持つ子供が出生。
  • 裁判所にて和解(62人)
  • 「医薬品の製造承認等の基本方針」を通知
  • 医薬品副作用報告制度[4]開始
スモン訴訟
(1970年頃〜)
キノホルム剤(整腸剤)を服用したことにより、亜急性脊髄視神経症(スモン)に罹患。
  • 裁判所にて和解(4,819人)
  • 1979年薬事法改正
    新医薬品の再審査制度を新設 など
  • 1979年医薬品副作用被害救済基金法制定
    医薬品副作用被害救済制度の開始
HIV訴訟
(1980年頃〜)
米国で採血された血液を原料として製造された非加熱の血液凝固因子製剤の投与を受けたことで、血友病治療中の患者等が、 これに混入していたHIVに感染。
  • 裁判所にて和解(HIV120人、ヤコブ病44人)
  • 薬事法改正
    医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)の遵守を義務化[5]
    外国で保健衛生上の危害の発生等の防止措置がとられた場合の報告を義務化 など
  • 2002年 薬事法・血液法改正
    新たに特定生物由来製品[6]のカテゴリーを設け、体系的な安全対策を整備・強化
  • 独立行政法人医薬品医療機器総合機構法制定
    生物由来製品感染等被害救済制度の開始
ヤコブ病訴訟
(1996年〜2005年頃)
脳外科手術において、CJDの病原体に汚染されたヒト乾燥硬膜の移植を受けた患者が、その後に発症。硬膜はドイツからの輸入品であった。
保険医療機関指定拒否処分
(2005年)
医療法による勧告医療計画に照らして病床数が過剰であることから病院開設を中止するよう勧告)に従わずに開設された病院に対する保険医療機関指定拒否処分が行われた[7]
  • 当該指定拒否処分の取消しを求める原告の請求を棄却した。
混合診療禁止[8]
(2011年)
保険診療と保険外診療を併用する混合診療で保険適用が認められないとの法解釈に基づいた運用がされていた。
  • 「混合診療」で保険適用が認められないのは不当だとする訴えを棄却した。
    なお、国の制度のあり方が不明確であるとする意見が付された。
薬害肝炎訴訟
(2002年〜)
出産時や手術における大量出血等について、「特定フィブリノゲン製剤」や「特定血液凝固第 Ⅸ 因子製剤」の投与を受けたことによって、C型肝炎ウイルスに感染。
  • C型肝炎特別措置法[9]の整備
    感染被害者の製剤投与の時期を問わない早期・一律救済の要請に応えるために、症状に応じて給付金を支給する制度を立法[10]
  • 肝炎対策基本法
    肝炎対策を総合的に策定・実施するための基本理念策定、基本となる事項の整理[11]
ハンセン病訴訟・ハンセン病家族訴訟
(1998年〜)
ハンセン病回復者に対して「らい予防法」によって療養所での強制隔離を継続した。
  • 裁判にて、国が敗訴・原告勝訴。(本人2001年・家族2019年)
  • ハンセン病問題基本法の成立(2008年)
参考文献
  • [1]飯尾潤(2007)『日本の統治機構-官僚内閣制から議院内閣制へ-』中公新書
  • [2]飯尾潤(2007)『日本の統治機構-官僚内閣制から議院内閣制へ-』中公新書
  • [3]以下表については、特段の脚注がない限り、厚生労働省「医薬品の副作用被害等に係る訴訟の事例(和解に至るもの) 」https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0605-4a_0004.pdfを参照した。
  • [4]行政指導による企業から厚生労働省への副作用報告制度を開始した。
  • [5]現在用いられている医薬品の使用に必要な許認可基準の詳細は、Section 5を参照。
  • [6]特定生物由来製品とは、人その他の生物(植物を除く。)に由来するものを原料又は材料として 製造される製品であって、市販後に保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための措置を講ずることが必要なものを指す。例として、血液製剤等が挙げられる。
  • [7]笠木映里 他(2018)『社会保障法』有斐閣
  • [8]笠木映里 他(2018)『社会保障法』有斐閣
  • [9]厚生労働省「C型肝炎特別措置法に基づく給付金の請求について」https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001055203.pdf
  • [10]なお、給付を受けるためには、国を相手方とする訴訟を提起し、給付対象者であることを裁判手続の中で確認すること、及び証明資料(判決、和解等)と共に独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に請求を行うことが必要である。
  • [11]厚生労働省「肝炎対策基本法」https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/10-2/kousei-data/PDF/22010219.pdf
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2.2 医療政策の決定プロセス

医療政策も、当然、日本の統治構造の変化の影響を受ける。以下では、日本の統治体制が変化する中で、診療報酬の改定プロセスがどのように変化していったかを説明する。

日本の医療は大部分が公的医療保険制度によって規定されているが(Section1.2を参照)、その公的医療保険制度の核心となるのが診療報酬である。診療報酬とは、実施された診療に対する対価として受け取る報酬である。医療機関と薬局が提供したサービスに対する対価として、全国一律に適用される報酬として設定されている。したがって診療報酬に関するレギュレーションを通じて、国内ほとんどの病院・診療所・薬局の行動を誘導することが可能となっている。

逆に、診療報酬は医療業界全体の経営状況に密接に影響するために、政治的な焦点となってきた。そのため、診療報酬政策には様々な団体が関わり数多くの段階を経て立案・決定される。進歩する医療技術に対応しながらも関係者間の複雑な利害調整を行うためには、一定の秩序をもった予測可能な政策立案プロセスが求められる。近年では原則として2年に1度診療報酬の改定が行われており、スケジュールに沿った改定プロセスが観察される。

介護保険においても類似のプロセスが用意されているが、ここでは省略する。

診療報酬改定の基本的なプロセス[12][13][14]

戦後の診療報酬改定では、中央社会保障医療協議会(中医協)が大きな権限を持っていた。中医協とは厚生労働省に設置された審議会で、支払側委員(保険者など)・診療側委員(医師会など)・公益委員(学者など)の三者から構成される。象徴的なことに、中医協は厚生労働大臣の諮問機関であるにもかかわらず、診療報酬の改定率を審議し答申していた。診療報酬の改定率とは、その改定によって全体としてどの程度の医療費増加となるかを推計したものであり、日本政府全体の予算編成に大きく影響する。本来は内閣や財務省の所管事項である予算編成を、各省の一審議会が事実上決定していた。

中医協全体として認められた権限が大きかった一方で、中医協内部で合意に至ることはしばしば困難を極めた。大まかな構図としては、医療費抑制を志向する支払側委員と医療費増加を志向する診療側委員が対立していた。それぞれ国会議員や関係団体を動員して政治的決着を図ることがあったと言われている。なかでも日本医師会は一段抜けた政治力を誇ると評価されてきた。

マクロレベルで改定率を確定したとしても、ミクロレベルではどの医療行為にどれだけ診療報酬を割り振るのか決定する必要がある。この議論においては診療側委員の内部でも対立が起こることがあった。診療所と病院、あるいは診療科間での予算の取り合いの構図になるためである。日本医師会は診療所経営者の利益に配慮する傾向があると言われていた。

議論は長らく非公開とされ、不透明で閉鎖的な政治的駆け引きの中で医療政策が決まる状況であった。1990年代以降の統治機構改革によって内閣に権力を集める仕組みが整えられていく中(2-1参照)、中医協における贈収賄事件を契機として、本来内閣がすべき業務までを中医協が担うことに対する批判が強くなっていった。その後2005年に中医協改革が行われ、診療報酬改定プロセスは大きな変更を迎えた。

新たな診療報酬改定プロセス

2005年以降の診療報酬改定では、それまで中医協が事実上一手に担っていた機能が他の機関に分散され、中医協の役割が明確化された[15]。具体的なプロセスは以下の通りである。

まず内閣では、予算編成過程において、医療費にあてることのできる総額・診療報酬の改定率を決定する。次に、社会保障審議会において、医療提供体制や医療保険制度の視点から、「診療報酬改定の基本方針」が定められる。その後、中医協では、「基本方針」に沿った形で具体的な診療報酬項目に対応した報酬点数などの見直しが行われ、診療報酬改定案が取りまとめられる。このように独立した3つの過程であるが、各段階に関わる厚生労働省保険局が整合性を保ちながら、全体として一貫した診療報酬改定が可能となっている[16]

論理的なプロセスは以上の通りであるが、2年間の改定審議のスケジュールはそれぞれ前後する。例えば内閣における改定率の決定の前提として、社会保障審議会での「基本方針」策定が先行する。中医協では社会保障審議会での議論をにらみつつ、2年間の審議で各アジェンダについて2周回の議論を行うのが通常である[17]

診療報酬改定における各組織の役割と関係 図2-2-2 診療報酬改定のスケジュール

中医協の組織

上記の改革によって、中医協の組織も変化した。中医協では、総会に最終決定権が集中しているため多くの関心が寄せられるが、実際はそれ以前の部会や専門組織での多くの審議が、総会での決定に繋がっている。総会以外の関連組織は、大きく4つの種類に区分される。

1つ目は、4つの専門部会である。専門的事項を検討するために、総会の議決によって設置され、総会のメンバーによって構成され、公益委員の1人が取りまとめる。診療報酬改定結果検証部会、薬価専門部会、費用対効果評価専門部会、保険医療材料専門部会が存在する。

2つ目は、2つの小委員会である。特定の事項についてあらかじめ意見調整を行う必要がある際に、総会の議決によって設置され、総会のメンバーが構成員となり、公益委員が委員長として取りまとめる。診療報酬基本問題小委員会は、後に記載する診療報酬調査専門組織の意見に基づいて、保険者側と医療提供者側の意見調整を行う。調査実施小委員会は医療経済実態調査の調査項目を設定し、結果についての意見調整を行う。

3つ目は、診療報酬調査専門組織である。診療報酬体系の見直しに係る技術的な課題を調査・検討するために設置され、医療に従事する専門家によって構成される。幾つかの分科会に分かれて技術的な観点から原案を議論し、結果を上記の診療報酬基本問題小委員会に報告する仕組みとなっている。

4つ目は、3つの専門組織である。薬価算定、材料の適用及び技術的課題等について調査・審議する必要がある際に、有識者に意見を聞く場として機能する。各分野の医療従事者などが参与し、薬価算定組織、保険医療材料等専門組織、費用対効果評価専門組織の3つに分かれる。部会によって審議され、総会で認められたルールに基づき、具体的な価格付けや個別品目の費用対効果評価を確定する。

以上のように、実際は多くの内部組織や関連組織によって中医協の決定は成り立っている。基本的なルールは職業団体間の利益調整を経て決定されるが、具体的な価格付けは医療従事者などの専門家によって定められる。そのため、以前のように一部の意見に偏ることのない、専門性の担保された組織として機能している。

参考文献
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2.3 医療政策決定に関わるプレイヤー

日本の医療政策は他の先進国と同様にプレイヤーの範囲が広く、その決定プロセスには多くのステークホルダーが参画している。以下では、医療政策の決定に関わる主な行政・政治関連の組織を概観する。

中央の行政機関

医療政策を主に立案する国の行政機関は厚生労働省である。しかしながら、厚生労働省のみで医療政策が完結しているわけではない[18]。国家予算を所管する財務省は重要なプレイヤーであることに加え、経済産業省ではヘルスケアや医薬品産業、文部科学省では基礎研究関係を担っており、多くの省庁が相互に関係している。また、内閣機能の強化を背景に、内閣官房や内閣府における政策の動向も重要な要素である。

厚生労働省の中でも、医療保険制度のみが医療政策ではない。医薬品の治験、製造と販売後調査など製薬業界の動向を監督することも国の行政機関の管轄内であり、これらの法令は厚生労働省内外の多岐にわたる部局が所管している。例えば、新薬と医療機器の評価業務は独立行政法人[19]である医薬品医療機器総合機構(PMDA)の管轄である[20]

2023年には、それまで厚生労働省の子ども家庭局などで所管されていた事務を一元化して、こども家庭庁が新設された。

内閣官房

内閣の補助機関であると共に、内閣総理大臣を直接補佐・支援する機関。内閣の庶務、内閣の重要政策の企画立案・総合調整、情報の収集調査などを担う。緊急事態時に総合調整としての司令塔となることも多く、医療に関しても医療DX推進本部や健康・医療戦略推進本部など様々な会議が開かれている[21]

内閣府

内閣総理大臣の補佐・支援体制の強化のために2001年に設置された内閣総理大臣を長とする内閣の機関。各省より一段高い立場から、国政上の重要な政策について企画立案・総合調整等を行う[22]。特別の機関として健康・医療戦略推進事務局を有していることに加え、文部科学省、厚生労働省、経済産業省と共に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)を所管している。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

医療分野の研究開発およびその環境整備の中核的な役割を担う機関として2015年に設立された。文部科学省・厚生労働省・経済産業省が独自に実施していた医療分野の研究開発を一元的に実施することで、研究から臨床への迅速かつ円滑な橋渡しや、質の高い臨床研究や治験を確実に遂行できるシステムの構築等を行っている[23]

厚生労働省

中央省庁の一つ。1938年に厚生省として設立され、2001年の中央省庁再編により労働省と統合し、現在の厚生労働省として発足した[24]。2025年9月現在で21の審議会[25]、8つの地方厚生局[26]、各都道府県に設置してある労働局をもつほか、140の国立病院を運営する国立病院機構[27]やPMDAなどの独立行政法人、及び日本年金機構などの特殊法人を所管している。また、厚生労働省の本省には様々な機能をもつ内部部局が置かれている。医療政策の決定プロセスに携わる主な部局は以下の通りである[28]

保険局

2年に一度行われる診療報酬改定時に積極的な役割を果たす組織であり、医療保険制度や後期高齢者医療制度に関する企画立案を行う。13の課室が存在し、それぞれ扱う保険制度や内容が異なる。

保険課/国民健康保険課/高齢者医療課
それぞれ健康保険事業や船員保険、国民健康保険事業、後期高齢者医療保険制度を担っています。

医療課
Section 6-4で述べる診療報酬について大きな役割を果たしており、中央社会保障医療協議会(中医協)の庶務も担当しています。

中央社会保険医療協議会[29]

中央社会保険医療協議会(以下、中医協)は厚生労働大臣の諮問機関であり、厚生労働省保険局により運営されている。中医協は支払側・診療側・公益を代表する学術関係者などによる3つのグループによる「三者構成」といわれる形態で行われており、1年を通じて様々な議論が交わされる。主に診療報酬と薬価など公的医療保険から医療機関等に支払われる公定価格を決定する権限を有する組織である[30]

医政局

人口構造や疾病構造の変化に応じた良質で効率的な医療提供体制の実現、医療機器、医薬産業の振興等に関する政策の研究と立案を行っており、20の課室が存在する。

地域医療計画課
Section 4-4で述べる地域医療構想や医師偏在に関する業務など医療提供体制についての業務を行っている。

医薬産業振興・医療情報企画課
医薬産業振興に関する全体の企画立案や、医薬品、医薬部外品、医療機器その他衛生用品及び再生医療等製品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整に関する業務を行っている。

健康・生活衛生局

地域保健、生活習慣病、移植医療、感染症対策、生活衛生、健康向上等に関わる取組みや業務を行う。また、食品の安全確保や快適な生活環境の確保にも取り組む。

健康課
広く健康増進に関する業務や生活習慣病に関する業務を担う。

がん・疾病対策課/肝炎対策推進室等
重大な疾患や病気に関しては各々の課に分かれ、予防及び治療に関しての企画立案を行う。

老健局

介護保険制度をはじめとする高齢者介護・福祉施策を推進する。

介護保険計画課
介護保険事業に関する企画立案を行う。

認知症施策・地域介護推進課
認知症に関する企画立案を行う。

医薬局

医薬品、医薬部外品、医療機器その他衛生用品及び再生医療等製品の品質、有効性・安全性の確保対策のほか、血液事業、麻薬、覚せい剤等の取り締まり等を行う。医薬品医療機器総合機構(PMDA)に関する業務も行う。

医薬品審査管理課/医療機器審査管理課/医薬安全対策課
医薬品や医療機器の生産に関する技術上の指導や、製造業の許可及び製造販売の承認、安全性の確保等に関する業務を行う。

血液対策課
血液製剤の適正な使用の確保や献血の推進等を行う。

医薬品医療機器総合機構(PMDA)

MDAは、2004年に設立された独立行政法人[31]であり、主に新薬と医療機器の品質や有用性の審査、市販後の安全性の評価や健康被害に対する取組みを行う組織である。PMDAは「健康被害救済」「承認審査」「安全対策」の3つを主な業務としており、「セイフティ・トライアングル」と呼ばれる総合的なリスクマネジメントに基づいて3つの役割を一体として行っている[32]。様々な方策や組織戦略が功を奏し、PMDAは2008年には22カ月を要していた通常品目の総審査期間を2023年9月末時点には12.0カ月まで短縮することに成功した。また、優先品目の平均審査期間についても2008年時点で15.4カ月であったものが2012年には6.1カ月まで短縮されているが、2023年9月末時点では8.4カ月となっている[33]

財務省

中央省庁の一つ。地方には財務局や税関を有し、外局には国税庁が置かれている。「財政政策」「マーケット関連政策」「国際関連政策」の3つの政策ツールを持ち、国の資金の流れという観点から、国家のあらゆる分野に大きな役割を果たしている[34]

主計局

財務省の内部部局である主計局は社会保障に関する国の予算を管轄しており、医療政策に関わる極めて重要なプレイヤーの1つである。一般会計予算からの支出は税収と国債で賄われ、国の総医療費の中で重要な位置を占めている。主計局は隔年で行われる診療報酬改定及び薬価改定において、厚労省保険局とともに全体改定率を定める際に極めて強い影響力をもつ[35]

経済産業省

中央省庁の一つ。1949年に通商産業省として設立し、2001年の中央省庁再編によって経済産業省に改められた。地方には経済産業局や産業保安監督部等を有し、外局には資源エネルギー庁、特許庁、中小企業庁が置かれている[36]。現在では、個別産業対策を超えた内外一体の横断的な産業政策を展開し、経済成長戦略推進に主導的な役割を担っている[37]

ヘルスケア産業課

健康寿命の延伸と新産業の創出を同時に達成するため、病気の予防や早期診断・早期治療、地域での介護予防などに取り組む。具体的には、企業の健康経営を推進するために各種顕彰制度の実施や、健康・医療情報を活用した行動変容促進事業等を行っている。また、医療機器産業の推進にも力を入れており、重点5分野を定めた上で、医療機器の開発から国際展開までを一貫して支援している[38]

生物化学産業課

世界的にも注目されているバイオエコノミーの市場を拡大するため、2024年に定められた「バイオエコノミー戦略」に基づき、バイオものづくりや、再生・細胞医療・遺伝子治療の産業化に取り組む。具体的には、遺伝子治療の製造技術開発の推進、有事に備えたワクチン生産体制の強化、創薬ベンチャーが開発資金を確保できるような支援等を行っている[39]

文部科学省

中央省庁の一つ。外局にスポーツ庁、文化庁を有し、所管する独立行政法人の中には日本で唯一の自然科学の総合研究所である理化学研究所も置かれている[40]。教育、科学技術、スポーツ、文化の4つの分野に関連する政策を所管しており、人と知の力を通じた豊かな未来の創出に貢献する役割を担っている[41]

研究振興局

ライフサイエンスやナノテクノロジーの分野において基礎研究の振興や、研究設備等の研究インフラの整備も進めている[42]。具体的には、AMEDと共に次世代がん医療加速化研究事業や、医療機器等研究成果展開事業等を行っており、アカデミアと企業の連携を通じた技術の開発や、国際的に質の高い研究の支援を行っている[43]

こども家庭庁[44]

中央省庁の一つで内閣府の外局に位置する。これまで別々に担われてきたこども政策を一本化し、「こども真ん中社会」の実現に向けた政府の司令塔として2023年に発足した。幼児期までのこどもの健やかな成長のための環境づくりや、家庭における子育て支援等に関する基本的な政策の企画立案を担っている。

成育局

妊娠・出産の支援を始めとした母子保健、こどもの安全などに関する政策等を所管し、全てのこどもの健やかな成長を支援する。具体的には、不妊治療に対する支援や、妊産婦の方に向けた適切な知識の普及啓発等を行っている[45]

支援局

様々な困難を抱えたこどもや家庭に対する年齢や制度の壁を克服した切れ目ない包括的支援を行う。具体的には、障害児支援、こどもの貧困対策などを扱っている。

地方の行政機関

都道府県

公的医療保険に関して、特に医療費適正化における主体的役割を行っている。近年では都道府県自身が国民健康保険の保険者として広域的な保険運営・財政調整の役割を担うようになった。加えて、疾病や事業ごとの医療計画の策定[46]や、地域医療構想[47]などの計画を通じた医療提供体制の整備の主体としての役割を担う。また、医療機関の監督・立入検査に関わる役割を果たしている。加えて、医薬品販売業の許可や薬局や販売業者に対する立入検査、適正な販売・管理の指導などを行っている。

市町村

国民健康保険や介護保険の保険者として、加入者の資格管理・保険料徴収・給付業務を担っている。また、都道府県単位で広域的に連携して、後期高齢者医療制度を運営している。保険者として特定健康診査・特定保健指導を実施するとともに、がん検診などの各種検診を含む健康増進事業も実施している。また、医療・介護・福祉の地域における連携の推進を担っている。

保健所

保健所は、地域住民の健康を支える中核となる施設であり、疾病の予防や衛生の向上などの業務を行っている。地域保健法に基づいて、都道府県、指定都市、中核市、特別区など一定規模以上の地方公共団体に設置されている[48][49]。保健所は高い専門性を背景に、医療機関の監視・許可、食品衛生、薬事・動物衛生、専門的保健サービス、市町村支援などの医療・公衆衛生に関わる広い役割を担っている。保健所の設置できない規模の市町村でも、市町村保健センターを設置することができる。

その他のステークホルダー

政党

医療政策における政党の役割は極めて重要である[50]。各政党の医療政策に対する立場はそれぞれ異なる。図2-2-4は2024年の衆議院議員選挙と2025年の参議院議員選挙における立候補者に対するアンケート調査の結果を示している。「年金や医療費の給付を現行の水準よりも抑制する」という設問に対し、賛成から反対を5段階で回答した結果について、政党ごとに平均値を集計した。

自由民主党

自由民主党は結党した1955年から現在に至るまで、多くの時期において政権党(与党)を担っている[51]。自民党は日本医師会などの職能団体や各種業界団体と連携を取ることで医療政策においても重要なステークホルダーだと考えられている。自民党には従来から族議員と呼ばれる各分野に精通した議員が力をもち、政策の意思決定や実行に大きな影響を与えてきたといわれ[52]、医療分野においては「厚労族」と呼ばれる議員が影響力を行使する場合がある。

社会集団

行政機関や政党の他にも、様々なステークホルダーが医療政策について利害関係を有し、政策形成に積極的に関与する。医療政策に関係が深い主な社会集団として、業界団体、医療保険関連団体、患者団体などがある。業界団体としては、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会[53]、日本看護協会、日本製薬工業協会などが挙げられる。医療保険関連団体としては、国民健康保険中央会や社会保険診療報酬支払基金などが存在する。患者団体は主に疾病ごとに組織されており、ピアサポートや疾病に関する情報提供などを主たる活動とし、政策形成への関与を第一義として活動していない団体も多い。

日本医師会

日本医師会は日本の医師の約51.6%[54]が加入する組織であり、医療政策に関連する利益団体の中で最も強い発言力をもつとされる。日本医師会は官僚や政府関連組織、自民党などと密接なかかわり合いを持つことにより、医師の自律性や職業的利益を守るための活動を行っている 。また日本医師会を運営母体とする政治団体「日本医師連盟」は、長らく参議院選挙にて組織内候補を国会へ送り出してきた。
診療報酬を定める機関である中医協の委員にも、日本医師会から複数のメンバーが選出されている。加えて、中医協などの公式な場以外においても、日本医師会による非公式な提言やロビイングなどの活動は現在も積極的に行われており、それらの意見は医療政策関連法案の制定や診療報酬の検討において大きな影響力を有するとされている。

参考文献
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